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加藤条治 VS 清水宏保 

世間の流れは速い。

”巨人・大鵬・玉子焼き”

と崇められた、巨人でさえ安住から引き摺り下ろされるのだ。

そんな時代でもスピードスケートはまだ幸せだ。

スポーツイベントの乏しい冬には、少なからず北から便りが届く。

清水、岡崎、ウォザースプーン(w

聞きなれた名前ではあるが、どことなく物足りない。

2004-2005年シーズンも終盤にかかり、清水の不調と煮え切らない世界戦の結果に、期待の視線は背を向け始めた。

3月5日、あの大会はトリノ五輪へ向けた最後の助走路だった。

ドイツ・インツェル、世界距離別。

ひとりの若者の筋肉が弾けた。

「加藤条治」

奴のバネは最高だ。

まだ新鮮で、みずみずしさに満ちてるじゃないか。

一見すると、”バネ”の存在さえ見失ってしまうほどしなやかで、あたかも相手の油断を誘うかのごとく力みがない。

その日、加藤は世界の舞台を制した。

そして清水の待つ、清水の一人舞台に飽いた聴衆の待つ、決戦の舞台へと躍り出たのだ!

tokyo-dodgers-blogでこんなストーリーを見つけた。

加藤は真の実力をつけた。ようこそ,と言いたい」
やっと「ようこそ」といえる相手に清水はめぐり合った。長野冬季五輪で金メダルを得てから,彼はただ一人頂きに立ってきた。「自分の山を1人で登るのが面白いんです。コーチはいらない。どうしたらいいか,聞くのはつまらないでしょう。僕が人生をかけて戦う意味はそこにあるんです」

この記事のURL→http://tokyo-dodgers.at.webry.info/200503/article_8.html



清水の”コーチはいらない”という、その”コーチ”とはどういう意味のコーチなのか。彼は自分ひとりでやったなどと億尾にも出すはずがない。事実、そんなことはない。

「我以外、皆我が師」

彼が色紙に記した言葉だ。

もし、かりにもそのような言葉があったとしたなら、コーチ(いわゆる)ということだろう。

清水は勝つと言われる中で勝つことの意義を知っている。

「勝つべくして勝つ。」

この喜びこそがオリンピックの醍醐味だ。

聴衆はヒーローを待っている。

加藤か清水か。

いずれかがトリノで茶の間のヒーローになる。
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[ 2005/03/17 19:50 ] スピードスケート | TB(0) | CM(0)

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