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アンチドーピング 

>>日刊スポーツにこんな記事が
カナダ・モントリオールにある世界反ドーピング機関(WADA)の公認検査所が、選手の尿検体から新種の筋肉増強剤を発見し...



何なの?

ドーピングに関しては、まるで理解できない。
個人的には、やりたいヤツにはやらせとけ!
くらいの乱暴な意見も持ち合わせている。公の立場の方は元も子もなくしてしまうような思考では解決に向かわないからなのか、侃々諤々、それぞれの立場で議論をかさねる。だが、その甲斐なく、ドーピング問題は一向に収束しない。

なぜか?

スポーツをスポーツとして受け止めていないからではないか。

時代の流れか、五輪競技でもプロスポーツ並みに稼ぐ選手もいて純粋な競技性の中だけに楽しみを見つけることが出来にくくなっている。どうしても邪念が入ってくるのだ。旧東ヨーロッパの体制がそうだったように、スポーツは澄みわたった競技性のみの舞台とは程遠い、政治や国威といった別次元の要素に支配される。もちろん、選手自体にピュアな感覚はあったろうし、皆がみな、暗黒のすべてを悟って活動したわけではないだろう。彼らの体制に賛辞を贈る気もないが、かといって、彼らの見せたパフォーマンスが眼底から消え去るはずがない。

願わくは、あらたに蔑視せざるをえない状況が生まれないような体制がほしい。不法な手段に出るには必ず動機がある。選手個人レベルでの欲求が主要な動機だとしたら、問題はさほど深刻ではない。もちろん、青少年が安易な道に流れるのを助長するといった意味で問題はけっして軽くはないのだが、ドーピングへ向かう動機としては分りやすい。

根が深く、より深刻なのは組織が動機を持っている場合だ。無邪気なアスリートや末端のタレントが蝕まれる構図があるとき、事態の難度は急変する。果たしてこの国はどうなのか。一昔前は、ドーピングに向かわせる動機となる要素はないに等しかった。あるとすれば、ドーピング検査に無頓着なあまり、市販薬を日常的に飲むおそれがあったくらいだ。こんなことで市販の薬も飲めない生活を強いられていたのだから、とばっちりも甚だしい。今思えば、ドーピングがあろうとなかろうと、もし風邪を引いたなら薬局で薬を買ってごくごく当たり前に楽になりたかった。最悪、検査対象になって検査の結果が何らかの陽性となっても、「うるせー!売ってる薬飲んで何が悪い!メダルなんてイラネッ(゚Д゚=)ノ⌒゚」って強がってみたかった気がするくらいだ。

つづく...
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[ 2005/05/14 20:04 ] ドーピング | TB(0) | CM(0)

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